ニュース中心に好きなだけ突っ込んでみるる


by majilife

学び続ける事を身につける事が教育

知識の詰め込みが批判された。

で、今度は逆に走る。

教育の成否は結局受験の結果でしか判断しない。

大人自身に、なぜ教育出来ないのかを分析する気がない。

分析無くして知性はない。

分析ってのは、見えないものを見えるようにする=気付くという事なんだ。

教育ってなんだろう?

良い大学に入る事が目的なのか?

教育に興味が無いくせに、興味があるふりをする大人達。

結局は犯人探しに終始しているだけだ。

中学で教えている外国の知識は、アメリカと、東南アジアではマレーシアと、ヨーロッパではフランス、この3カ国だけだという不毛な状況を知っている大人は居るのか?

居たら、親がこんなに呑気に構えているとは思えないのだか?

教育は学校を卒業したら終わりなのか?

ならば、こんなに無駄な事はない。

そんな学校や家や地域社会、教師も親も必要ない。

ゆとり=暇にする

程度の発想しかない出て来ない大人を創り出して来た教育システムそのものが、今の不毛な教育を生んでいる。

ある意味、ちょっと昔の親の方がモノがよく分かっていたのでないか?

平然と、学問なんか要らない。そんなものは役に立たない!

そう言い放つ親に対する対決というが必要だった時代の教師は、親達に磨かれて力が付いた。

実際、教科書の上にあるものしか教える事の出来ない学校や教師では、生きていく力はつかない。

だから、そんな学校は要らない。学校には行かせない。

そういう判断は正しい。

極端な事を書いているように思われるかもしれないが、これが私の実感だ。

幸い、私が通った学校は素晴らしい学校で、教科書や授業の外での世界に育てられたし、授業中も、単なる知識に終わらないメッセージを受け取った。

勉強が今でも大好きだ。

高校を出た時には学年で後ろから2番だった程に苦手だった英語だったのに、11年もニューヨークで過ごし、そのうちの7年は仕事をしていた。

苦手だったけど、嫌いではなかったから、出来るようになった時を想像するとワクワクした。

だから英語の勉強はヤメなかった。

同じように苦手だった数学は、今も苦手だけど、やはり嫌いではない。

もっと時間が出来たら、ゆっくりと数学を勉強したい。

そういう、勉強が愉しく、もっと知りたいという好奇心を失わない体質を育てるのが本当の教育の役割だ。

それは、学校まかせで出来るものではない。

生き残る為に何を身につけるべきか。

予想も出来ない未来の出来事に対応出来るようになる為に、どう在るべきか。

それが本当の教育だ。死ぬまで好奇心を失わず、進歩する自分でありたい。
[PR]
by majilife | 2005-01-07 12:03 | 怠れば全身バカになる