どこかで必ず金はかかるのに、この先生は現場が分かってない!
という意見が出てくるのは当然だろうけど、それならやっぱりこの実行委員会の過失だ。
入場料を取らなければ出来ない状況にあるのなら、この先生の講演を企画すること自体が間違っているのだから。
<夜回り先生>有料ではできないと講演中止 岡山・倉敷「夜回り先生」として知られる横浜市の元夜間高校教諭、水谷修さん(49)が8日、岡山県倉敷市で予定していた講演を中止した。「入場料を取る」との連絡が主催者から伝わっていなかったのが理由で、水谷さんは事情説明に訪れた会場で「有料の講演はできません」と話し、約30分間、集まった約400人にサインや握手で応じた。
実行委員会にとっては、この先生の話の中身、つまり講演内容だけに用があったのだろう。
そして、そういう性質の講演であるからには、聴衆にとっても「お話」が重要なのだという勘違いをされてしまう可能性が高い。
主催者の意識がその場の性格を決めてしまうのが講演会の恐いところでもある。
で、この先生は「お話」を売っている人ではないのね。
彼の「お話」ってコンテンツだけなら、本でもテープでも同じなワケ。
彼に直接触れるという事は、それ以外の部分に本質があって、その大切な部分の一つとして「有料の講演は引き受けない」というポリシーもある。
それら全体に敬意を払い、誠意を持って講演を依頼しなくてはならない。
確かに、「お話」を楽しみにしてやって来た400人にとっては残念な事だろうし、そこで
「融通を利かせても良いじゃないか!」
って声も出て来るかもしれない。
だが、ここで融通を利かせてしまったら、この先生の大切な一部が崩れ、失われてしまうという事に気付いているだろうか?
400人を目の前にして、彼の胸が痛まなかったワケが無い。
しかし、その痛みに耐えてでも、彼は「夜回り先生」である自分を守らなくてはならない。
「夜回り先生」がここで妥協すれば、これから先、彼と出会う事で救われるはずだった子どもたちに出会う事が出来なくなるかもしれない。
それほどの大きな事なのだという事が、主催者には分かっていないようだ。
実行委は開場時、前売り券を持った約400人に払い戻したが、水谷さんは翻意せず、会場では「残念」の声も上がったという。
とあるが、なぜ彼が翻意しなかったのか分かるか?
「有料でダメと言うなら、払い戻しをしますから講演して下さい」
という態度の主催者と組むという事は「夜回り先生」を殺す事になるからだ。
彼は思い上がったプライドとか面子とかで断ったのではない。
覚悟の足りない主催者が、命がけの彼と手を組もうとするのがそもそもの間違いだったのだ。
夜回り先生も、相手を良く調べていれば良かったかもしれないが、彼の活動内容からして、この団体の素性を調べるような暇は無いし、個人である彼を責めるのはお門違いだ。
やはり、この主催者が詳しく情報を伝え、誤解の無いようにやり取りをするのがスジだ。
こういう間違いをして、言った言わないの話にしてしまうあたり、イベントを実行する能力が不足した実行委員会であったという事になるだろう。
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夜回り先生が大切にしたかったもの